『大学での講演(耳をすませばを引き合いに出しての話)』 押井守 1999年
「こういう例を出して適切かどうか分からないけど、『耳をすませば』に出てくるような
健康的な一家を見て、果たしてアニメーションを必要としている今の若い子たちが
勇気づけられることがあるんだろうか。
僕は、ないと思う。『耳をすませば』を見て生きる希望がわいてきたり勇気づけられ
る子は、もともとアニメーションなんか必要としないんだと。
アニメでも映画でも小説でも何でもいいけど、フィクションを人並み以上に
求めている子たちには、ああいう形で理想や情熱を語られても、
むしろプレッシャーにしか感じられないはずだ。僕はそういうものは作らない。
今回もそうだけど、僕が作っているものにあるのは、生きるということは
どう考えたってつらいんだ。
多分、あなた方を取り巻く現実もこれからの人生も、きっとつらいものに違いない。
いろんなものを失っていく過程なんだということ。
生きていれば何かを獲得すると若い人は漠然と思っているんだろうけど、
実際は失っていく過程なんだよって。 」