実はこのとき、金環日食が起きる時間を巡り、事前の予測が2つに割れていました。
1つは、中国から伝わった、従来の方法で予測した「日の出の前」。もう1つが、当時、西洋から伝わったばかりの新しい方法で予測した「日の出の後」。
どちらが正しいか判定するため、見晴らしのよい、東京・築地の海岸に観測隊が派遣されたのです。結果は、西洋の方法での予測が的中、見える位置も時刻もほぼ正確に予測していました。
東洋の天文学に比べて、宇宙空間の中で太陽と地球、月の動きをより正確に把握していた西洋の天文学は、それ以降、日本の中で急速に広まっていったといいます。
国立天文台で日本の暦をつかさどる、暦計算室長の片山真人さんは「西洋から導入されたばかりの新しい天文学が日本で受け入れられた瞬間、日本の近代天文学のまさに夜明けといえる」と分析し、このときの金環日食が日本の天文学を大きく発展させるきっかけになったとしています。
(via soulboy)
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